年に2回ぐらいやるんだけど、学生時代の友人知人の名前を検索にかけてみた。
検索に出てくる奴も居れば全然ヒットしない奴も居る。ヒットするっていうのは、今現在何らかの社会的な地位や肩書を持っているということ。(※幸い犯罪とかで出て来た奴は今のところいない)
ヒットしたら懐かしい気持ちが湧いてきて、更に画像検索で顔が出てくると懐かしさも倍増するんだけど、どこか複雑な気持ちもある。
ここら辺は微妙な心の問題なので的確な表現はできないんだけど、学生時代の友人が社会的に活躍してるのをうれしく思うと同時に、どこか重苦しい感情も湧いて来るんですね。
でも、重苦しい感情と言うのは妬み嫉みといったイヤラシイ感情とは違う。こういう時ってTVや漫画なら嫉妬に心を焦がすのが定番みたいだけど、それじゃない。(そこまでボクは嫌な性格じゃないですよ)
なんだろうな、上手く言えないんだけど「***はあんなに偉くなってるのに、この俺はなんてザマなんだろう」的な自虐心理に近い。
ただこれも「近い」のであってドンピシャとは違う。自分でもよくわかんない。
学生時代に親しかった友人にTというのが居るんだが、彼は大学の教授になってた。(今はTと交流がなく、彼のことはネットでしか知り得ない)
いろいろな論文を書いてて、その界隈では成功してるであろうことがネット越しでも伝わって来る。
意外だった。Tはそんな人物じゃなかったのに・・・学生時代は物静かで舞台の上に立つような人物ではなかったのになあ。
ボクはTのそういった引っ込み思案というか非社交的な部分に自分と近いモノを感じて近しくなったんだ。ボクもTと同じく社交性や社会性が欠けてたからね。
なのにTは今や大学教授として八面六臂の活躍をしている。
Tは自分の適性(一般社会の世俗的な生き方に馴染めないこと)を考えた上で大学教授という人生を選んだのではないか?
もちろん教授になるくらいだから、その分野への学問的な興味は水準以上にあったのだろうし、努力だって人並み以上にしたと思う。
そういった生き方ができて尚且つ結果が出せているTは凄いなと純粋に思ったよ。ナカナカなれないよ、大学教授なんて。
ボクとTを分けた原因は何か? おそらくTが自分の人生を真剣に考えたのに対して、ボクは世間の空気にいいように流されていたからだと思う。
10代後半から20代にかけての自分は本当にいい加減でダメな奴だった。見栄っ張りのエエカッコしいで、すぐ流行りに飛びつく何とも軽薄な人間だったよ。
そんな自分が嫌で30歳ぐらいからは世俗的な事柄とは距離を置くようになったんだけど、それはただの逃げだったんだ。面倒なことや煩わしいことから逃げてただけ。
Tは逃げずに自分の人生と向き合ったんだろうな。偉いよ、あいつ。
ところで全然話が変わりますけど、田中みな実の写真集がかなりエロエロしいですな。笑
下の画像部分にマウスオーバーさせるとエロい画像が出ますよ。
昔の友人についての記事、こちらもあります。でもあまり良い思い出じゃないけど…

コメント
昔の友人の名前で検索は俺もやるw
そして感じることもまったく一緒。
人生ってそういうものなんだな。
みんなも結構やってるんですね(笑)
自分の名前でエゴサして悲しくなったことあるw
エゴサで自分の記事が出て来るって凄いですよ。
ボクなんて何一つ出てきませんw
田中みな実の写真集がどういう意味があるんだw
いや、何の意味もありません。
ただのアフィ広告でございますw
高校時代、綺麗という言葉の為に生まれてきたような美人なクラスメイトを検索したら、大手化粧品会社の美容販売員(お化粧品コーナーのお姉さん)になっていました。
・・・そりゃそうだよなと一瞬で納得しました。有り余る綺麗がないと、お客様にキレイは提供できないですからね。
高校時代にいた美人のクラスメイトを、25歳くらいの時に検索したって意味ですね。書き方悪くてすみません(汗)
いえいえ、文脈でわかりますよ。
居ますよねー、そういう女子って。
明らかに他とは違うオーラをまとっているというかね、そういう女子生徒は突き抜けることができれば芸能人になったりするんでしょうが、容姿の良さが裏目に出ると裏街道まっしぐらとなるケースもあるようですね。
一度、美人の人生を覗いてみたい気がしますね。