駄菓子屋にあったコインゲームで人生を学んだ

コインゲーム

昭和生まれの人は知ってるんじゃないでしょうか?

駄菓子屋に置いてあった10円ゲームで、名前は「ピカデリーサーカス」っていうらしいですね。

ボクが小学生の頃は駄菓子屋が全盛で、学校が終わると家に帰ってからすぐに駄菓子屋へ直行してました。

行くと知り合いの同級生やらが、すでにコインゲームの周りに集まっててワイワイガヤガヤやってるんだよね。

その顔触れを見て嫌な奴がいないのを確認したら、自転車を停めて駄菓子屋の中に入ってお菓子を買う。

小学生の頃にはもうそういう「つき合うグループ、つき合わないグループ」みたいなのがあってね、子供たちなりに縄張りみたいな感覚があった。

あ、先ず駄菓子屋に入ってお菓子を買うのはそれを食べながらコインゲームの順番を待つため。

コインゲームは人気で順番待ちしなきゃいけなかったんだよね。

10円ガムとか20円のスナック菓子とかね、そういう少額のお菓子がいっぱいあったよ。

レモン水とかミカン水とかいって、250mLぐらいの瓶入りのジュースもあった。それで値段が30円だったから安かったわー。

ミカン水を片手にゲームを観戦しつつ「あーでもない、こーでもない」って子供たちで予想するわけですよ。

「そろそろ30が来るんとちゃうか」とか「いや、0が来そうやで」とかね。(※筆者は子供時代関西に住んでた)

それで言い合いになってケンカになっちゃうこともあった。子供だったなあ…笑

これの大人版が、競馬場でワンカップ片手に叫んでるオジサンたちなんでしょうね。

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かなり前に「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」っていう本が流行ったけど、ボクにとっての「幼稚園の砂場」はコインゲームのある駄菓子屋だったよ。

子供たちの間にある人間関係の力学とか不文律みたいなのが駄菓子屋にはあったからね。

それを守らない奴は仲間に入れないし、場合によっては村八分にされる。

上で言った「反目のグループが先に居る時は、別の駄菓子屋へ行く」ってのもその一つだったよ。

大当たりの30を出したらカースト上位の子らに「御祝儀」を数枚渡すとかもあったなあ。

駄菓子屋のオバちゃんも小狡かった。お釣りを誤魔化したりなんて平気でやってたもん。

釣銭はちゃんと確認しなきゃいけないんだってのは、駄菓子屋のオバちゃんから覚えましたよ。笑

先日記事にしたバイオニックジェミーを観るのと並んで、この駄菓子屋のコインゲームは小学生当時のボクの楽しみ2トップでしたね。

地上最強の美女 バイオニック・ジェミー(リンゼイ・ワグナー)
米国のドラマ「地上最強の美女 バイオニック・ジェミー」というのを知ってますか? かなり昔のドラマなので(1976~1978年)、ボクもリアルタイムではなく再放送か再々放送かそのまた再放送でしか観たことがないんですが、とてもおもしろくっ...

 

あ、そうそう、今では考えられないんだけど当時はコイン1枚が10円として使えたんだよ。もちろん、そのゲームのある駄菓子屋だけでだけど。

だから、もしも大当たりを取ってコインが50枚、100枚って出てきたら大騒ぎだった。上手い子(というより運のいい子)は、数百枚(=数千円分)も出してたな。

小学生にとって1000円、2000円といったら大金だから、本人も周りも大騒ぎになってた。

ただそれは良いことばかりじゃない。

大当たりを取ってたくさんのコインを持ってる子には、悪い上級生が近寄って来てコインを取ってくんだよ。

「すぐ返すから貸せ」とか「恵んでくれや」とかね。

コインとはいっても実質は現金と同じ価値があるわけだから、カツアゲだよ。

それを警戒して、ほどほどにコインを出した子は変な奴が来ないうちに駄菓子屋から去ってく。

上で「嫌な奴がいないか確認する」というのは、こういうことも含んでのことだったんだ。

おとなしそうな子や下級生にコインをたかってたような奴は、たいがいが中学になるとワルになってね、あさっての方向へ行っちゃってたよ。

コインゲームの攻略法に「対角線上の数字が次に出やすい」とか「今止まったところから4マス先の数字が次の目だ」とかいった話もあるんだけど、話し出したら尽きないので今日はここら辺で終わっときます。

じゃ、またね。

コメント

  1. 昭和生まれ昭和育ち より:

    自分は関西ではないのですがこのゲームはありました。
    やはり近所の駄菓子屋でした。
    子供の世界の暗黙のルールも同じような感じでしたね。
    なつかしい。

    • エリトエリト より:

      コメントありです!
      たぶん駄菓子屋のコインゲームって全国的に流行ってたんだと思いますよ。
      だいたい昭和の50年代ぐらいに小学生だった世代には、共通体験になってるんじゃないでしょうか?
      懐かしいですよね。

  2. メタルコアラ より:

    旅館のゲームコーナーとかにもありました
    国盗り合戦とかスーパーカーのとか
    十円ガチャとかキン消しガチャとかもありましたね
    露店のおっさんにクジ引きで当たりくじ入ってないのに、手品みたいに騙されてお年玉巻き上げられたなあ

    • エリトエリト より:

      おおお、知ってますねえ!
      どうやら昭和世代ド真ん中の方のようですな。笑
      あの当時は、駄菓子屋以外にもあちこちにこの手のコインゲームが設置してありましたもんね。
      ちょっと高級なゲームになると、30円とか50円で遊ぶスマートボールのゲーム機も流行っていました。
      ああ、なつかしいなあ。

      • 匿名 より:

        昭和50年代で関西です。
        阪神パークやファミリーランドのゲームコーナーにもあったかな。
        昭和の良い部分が廃れ始めの時でした。
        今の子供や若い人は古き良き昭和を知らないのは逆に不憫に感じますね。
        初コメですが、以前のブログからちょこちょこ見させて頂いてました。
        司法試験から司法書士転向の記事は経験者だけあって、世の勘違い受験生に警鐘を鳴らす良記事だったのに現在見れなくなってます?

        • エリトエリト より:

          おお、そうでしたか!
          その記事はけっこうPVがあったので、こちらのサイトへ移したんですよ。
          https://twinside.xyz/bad-change/

          阪神パークやファミリーランド…なつかしい響きだなあ。
          確かファミリーランドは阪急沿線の宝塚駅だったかなあ、友達と一緒に何回も遊びに行ったですよ。
          あそこら辺だと仁川駅のフィールドアスレチックっていう施設とかにもよく行ったなあ。
          いやー、どんどん思い出がよみがえって来ちゃう。

          またこういう記事を書こうかな。

          • メタルコアラ より:

            すいません名前記載忘れてました。
            こちらに記事が移動してたんですね。
            二つの試験を、英語とドイツ語の違いという例えが本当その通りだと感心してました。

            昭和にはエキスポランドや奈良ドリームランドもありました。
            今はほぼUSJに飲まれちゃいましたね、ひらパーくらいしか出てこない…

            世代も含め結構似通った部分が多いと思って共感してました。
            またちょこちょこ見に来ますので更新続けて下さい。

            • エリトエリト より:

              そう言ってもらえると記事更新のモチベーションも上がりますよ、ありがとうです!
              昭和の空気感をリアルタイムで体験してた人が来てくれると非常にうれしいです。
              またお暇な時に立ち寄ってくださいね。

  3. 匿名 より:

    なんだか自分の子供時代そっくりで驚いたw 地域は変わっても昭和の頃の小学生って同じようなことをしてたんだなと思いました。コインをせびって来る悪ガキとか特にw

    • エリトエリト より:

      子供の生態って時代や地域を超えて(良くも悪くも)共通してるんでしょうねえ。
      コインにたかるぐらいなら良い思い出で済むんですが、イジメ云々になると何とも言えない闇の部分になってしまいます。
      良い思い出だけ残ればいいんですがね…

  4. 孤毒男 より:

    スマホの通信会社の方はその後どうなりましたか?

    • エリトエリト より:

      いやー、何やっても審査に通らずだったし、対応したスタッフが無責任な人だったので、結局あきらめましたよ。
      詳細は該当記事のコメント欄で顛末を書いたんですが、ヘトヘトになっただけでした。
      まあスマホなくても困らないので当分はガラケーですわ。

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